松浦 善治教授に聞く「C型肝炎ウイルス発見秘話」
2020ノーベル医学・生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」により米英の3氏に贈られますが、実はC型肝炎ウイルスの研究には何人もの日本人が多大な貢献をしています。
3氏のうちの一人、マイケル・ホートン博士の研究にかかわった松浦善治教授(分子ウイルス分野)に話を聞きました。
松浦教授が国立感染症研究所に在籍中、今年のノーベル賞に決まったマイケル・ホートン博士の研究に携わったと伺いました。
当時の上司だった宮村達男博士は英国でホートン博士と一緒にC型肝炎ウイルスの遺伝子を探していました。遺伝子は見つからぬまま宮村博士は1983年に帰国し、ホートン博士らは1989年、C型肝炎ウイルスの遺伝子を突き止めます。
しかし、これが本当にC型肝炎ウイルスの遺伝子であると証明するには、C型肝炎の患者の血液が必要でした。ホートン博士らが突き止めた遺伝子が本物なら、その遺伝子から作ったタンパク質はC型肝炎患者の血液中の抗体と結合するはずです。C型肝炎ウイルスに感染すると、ウイルスのタンパク質に結合する抗体が作られるのですから。
ここで患者の血液サンプルを提供したのが宮村博士です。C型肝炎ウイルスは血液感染するので、輸血後の肝炎発症が問題になっていました。輸血が必要な外科手術のとき、手術の前と後に採血したサンプルを保管していた医師が日本にいたのです。さらに、研究に貢献できるならと多くの患者さんが手術後何年も継続して採血に協力していました。
この医師と患者の信頼関係のもと、サンプルが集められました。これらのサンプルによって、ホートン博士らが見つけた遺伝子が本当にC型肝炎ウイルスの遺伝子であると証明されたのです。
ウイルスの遺伝子が明らかになったため、ウイルスの検出法が開発できたのですね。
そうです。上に説明した方法と同じで、ウイルスの遺伝子をもとにタンパク質をつくり、このタンパク質に対する抗体が血中に存在すれば、ウイルスに感染していることになります。ウイルス感染している血液を見分けられるようになったので、輸血や血液製剤による感染がとても少なくなりました。
ただ、ホートン博士らが見つけた遺伝子からできるタンパク質に対する抗体は、感染してから1年くらいたたないと出現しません。したがって、感染して1年以内の患者は見落としていました。そこで、私たちはC型肝炎ウイルスのコアタンパク質に対する抗体なら感染後8週間で検出できることを明らかにしました。このタンパク質を使った第2世代検査の導入で、さらに輸血による感染が減りました。現在はPCR法によりさらに感度が上がっています。
ホートン博士とともに、C型肝炎ウイルス研究の発展に携わってこられたのですね。
他にも大きく貢献した日本人がいます。世界で初めて培養細胞で増えるウイルスを作製した脇田隆字博士(国立感染症研究所所長)、マウスでC型肝炎モデルを作製した小池和彦博士など、研究全体の発展に大きく貢献した研究者がたくさんいます。
C型肝炎ウイルスの感染者は日本で150万人、世界では1億7000万人と言われています。薬でウイルスを排除できるとはいえ、耐性ウイルスの出現が懸念され、排除しても肝がんになる確率が高いことや、どうやって持続感染するのかなど、わかっていないことがたくさんあります。
ウイルスは細胞を利用して感染・増殖します。ウイルスがどのように細胞を利用しているかを明らかにすれば、細胞自体の理解にもつながります。まるで私たちが知らないことを、ウイルスが教えてくれているようです。