コラム

岸本教授に聞く「新型コロナとアクテムラ」

新型コロナウイルス感染症の治療薬開発で、日本発の関節リウマチ治療薬が注目されています。大阪大学の研究グループと中外製薬が共同で開発した「アクテムラ」(一般名・トシリズマブ)です。研究グループを率いた大阪大学免疫学フロンティア研究センターの岸本忠三・特任教授(81)に、今回のパンデミック(世界的流行)をどのように見ているかお聞きしました。

聞き手:サイエンスライター・根本毅
インタビュー:2020.9.23

IL-6の働きを抑える薬「アクテムラ」と新型コロナ

──岸本先生の研究グループが1986年に発見した「インターロイキン6(IL-6)」は、細胞が放出する「サイトカイン」と呼ばれるたんぱく質の一種で、炎症反応と深く関わります。そのIL-6の働きを抑えるアクテムラが、今回の新型コロナで脚光を浴びました。

最初に中国湖北省の武漢で感染が拡大した時に、アクテムラが多く使われました。「何でリウマチの薬を?」と思っていると、重症患者は血中のIL-6の濃度が上がっているという論文が出た。21例の患者にアクテムラを投与すると、ほとんど症状が改善したという報告です(文献1)。

アクテムラは関節リウマチの薬ですが、実はがん治療法の一つのCAR-T細胞療法で副作用の「サイトカインストーム」を抑える薬としても使われます。2012年に初めてCAR-T細胞療法が白血病治療に使われた際、患者の12歳の女の子がショック状態に陥りました。熱が40度くらいに上がり、血圧が下がった。血液を検査するとIL-6が1000倍くらい高かったため、IL-6を下げようとアクテムラを注射しました。すると、数時間後に全ての症状がなくなり、その子は助かってがんも消えたのです。

「関節炎からがん、そしてコロナへ」

今年4月、米科学誌サイエンスに「関節炎からがん、そしてコロナへ」という内容の論文が出ました(文献2)。「アクテムラは関節炎(関節リウマチ)の治療薬として開発されたが、がん治療で生じるサイトカインストームにも有効である。そして、新型コロナでもサイトカインストームが起こるので、応用されていくだろう」という趣旨でした。

日本でも、大阪はびきの医療センターで重症患者13例に投与したところ、12例が良くなって退院しました。ところが、そう簡単な話ではありませんでした。世界中から投与例の報告がたくさん出て、よく効いたというものもあれば、ぜんぜん効かなかったというものもあります。例えば、スイスの製薬会社ロシュは、統計的に有意にならなかったという治験結果と、効果があったという別の治験結果を発表しました。

投与のタイミングで効果が違ってくる?

──効く場合と効かない場合と、何が違うのでしょう。

どの時期にアクテムラを投与するかで違いが出るのだと思います。大阪はびきの医療センターで投与した症例は、みなIL-6の値が高くなっていた。IL-6の値が高くなると、PAI-1という血液凝固を促進する物質が出てきて、血液の塊ができて血管を詰めてしまう。新型コロナで脳梗塞や心筋梗塞になることがありますが、血管が詰まる最初の引き金がIL-6だったわけです。

IL-6を抑えれば血液凝固を抑えられますが、それをどの時期にやるかということがポイントです。血液が凝固して詰まってしまったら、もうアクテムラは効かないでしょう。IL-6が上がるとCRPというたんぱく質の数値も上がるので、はびきの医療センターではCRPの数値を目安に投与する時期を決めていた。だから効いたんだと思います。感染後にIL-6が出て、血液の凝固が起こって……という時にアクテムラを投与すればいいのではないでしょうか。この辺りを今、研究しています。

微生物病研究の重要性と微研の使命

──岸本先生は、今回の新型コロナの流行をどう見ていますか?

これは100年に1回くらいの世界的流行。必ずこういうことは起こるのに、あまりにも感染症というものに関心がなくなってきていたと思います。がんや糖尿病のように慢性疾患に興味が移り、感染症が減ったこともあり、本当に感染症を研究している研究者はあまりいなくなってしまいました。

かつて日本では、東京大学伝染病研究所と大阪大学微生物病研究所が東西で常に競争しながら研究をしていました。ところが、世の中の流れで、伝染病研究所では古いのではないかと東京大学は医科学研究所に名前を変えてしまった。僕が総長の頃(1997~2003年)、阪大の微生物病研究所も名前を変えたらどうかという話が持ち上がったが、僕が「ダメだ」と言いました。重大な感染症はなくなってきたとは言っても、再び出てくる。日本に微生物病研究所を発展させるべきだと残したわけです。

しかし、微研でも感染症以外の研究にも力をいれるようになり、感染症研究をしている人の割合が減ってしまった。この状況で、新型コロナが流行して、あたふたしている。日本全体でも、新型コロナの良い論文はほとんど出ていません。衛生状態が良くなり、赤痢やはしか、ジフテリア、小児麻痺など重い感染症は減ったけれど、感染症はまた出てくるから微生物病研究所の名前を残した。微研こそ、今日本を代表して頑張ってほしいと僕は言いたい。僕らはサイトカインストームと呼ばれる生体側の反応の研究をしている。微研は病原体側であるウイルスの研究をどんどん進めてほしいと願っています。

現役で研究を続けている理由は?

──岸本先生は2003年に大阪大学の総長の任期を終えた後、すぐに研究の現場に戻りました。そして、今も現役を続けています。

こう言うと怒られるかもしれないけど、面白いから研究を続けています。抗体を作らせる分子があると発表したのが1973年で、それを見つけてIL-6という名前がついたのが1986年。それからIL-6を抑えると関節リウマチの症状が良くなるというので、アクテムラを世界で100万人が使っています。その後、CAR-T細胞によるがん治療の副作用を防ぐという話が出てきました。

今は、新型コロナで体が反応したときに出てくる重要な分子だとなってきて、それが血管にダメージを与えて、血液凝固を起こして詰まらせて、病気を起こしているんだと分かった。だから今も研究を続けています。IL-6は、その時々の話題の病気に関わっている。生命にとって重要な働きをする物質であるからだと思います。

文献1
Effective treatment of severe COVID-19 patients with tocilizumab Proc Natl Acad Sci U S A 2020 117(20):10970-10975.doi: 10.1073/pnas.2005615117

文献2
Cytokine release syndrome in severe COVID-19 Science 2020 368(6490):473-474. doi: 10.1126/science.abb8925

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