コラム

松浦善治教授に聞く「新型コロナについて何がわかってきたか」

今、新型コロナウイルスについてお聞きします。

新型コロナウイルスは、今年1月に国内初の感染者が確認されてから8カ月以上が過ぎました。ウイルスについて分からないことだらけだった状況は研究論文が続々と発表され、改善されてきています。では、これまでに何が分かったのでしょうか。秋から冬にかけてまた流行するのでしょうか。ワクチンはいつできるのでしょうか──。 新型コロナウイルスの研究やワクチン開発に取り組む大阪大学微生物病研究所の松浦善治教授分子ウイルス分野)が、さまざまな疑問にお答えします。

聞き手:サイエンスライター・根本毅
インタビュー:2020.9.8

新型コロナが出現した当初、どう見ていましたか?

コロナウイルスだと聞いた時には、すぐになくなるだろうと思いました。同じコロナウイルスのSARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)やMERS(マーズ、中東呼吸器症候群)は毒性が強くて大騒ぎしましたが、すぐに収まったからです。

でも今回はなくならず、意外に思った研究者は多いと思います。 最初に日本に入った新型コロナウイルスの「武漢型」は早い段階で終息し、次に入ってきた「欧州型」と言われるちょっと変異が入った種類が流行しました。解析の結果、欧州型の方が感染力が強いと分かりました。

2003年のサーズや2012年のマーズがすぐになくなったのは、毒性が強かったからですか?

みんな、そう言いますね。致死率はサーズが10%くらい、マーズが33%くらいです。

──毒性が強いと、感染した人は重い症状が出て安静にしている。あちこち動き回って他の人にうつすことがないから、早く終息するのですね。

そうだと思います。しかし、今回の新型コロナウイルスは感染しても元気なままの人が多い。特に若い人は症状が出ずに動き回り、感染源になっています。無症状や軽症で済むならばたいしたウイルスではないのですが、お年寄りや基礎疾患のある方など感染者の約2割は重症化するため、対策が必要です。

新型コロナウイルスは発症の2~3日前から感染力があるという研究報告があります。

──ずっと疑問だったのですが、発症前ということは咳やくしゃみをしていないですよね。どうやって他の人にうつるのでしょうか?

新型コロナウイルスは唾液に多く含まれます。咳やくしゃみをしなくても、話す時に飛んでいるのだと思います。人にうつせるだけのウイルス量があるのでしょう。やっかいですよね。 今、検温がよく行われていますが、発熱していなくてもウイルスを出している可能性があります。検温に頼らず、全員が感染している可能性があると考え、マスクをしたり、間隔を空けたりするしかありません。

今後、流行はどうなると予測できますか?

予測は誰にもできないと思います。ただ、当初はウイルスのことがよく分からず手探り状態で多数の死者が出ましたが、当時よりも感染者が亡くなる割合は減ってきています。重症化のリスクが高い人は感染しないようにちゃんと注意しているし、医療も経験を積んで対応力が上がったためでしょう。

私たちが期待しているのは、流行の波がだんだんと小さくなり、普通の風邪となることです。風邪のコロナウイルスは4種類が知られていますが、5種類目に落ち着いたらいいと思います。

普通の風邪になるとしたら、どんなストーリーが考えられますか?

ウイルスは生きた細胞に感染しないと自分の子孫を作れないので、感染した人を殺してしまうのはウイルスにとっても都合のいいことではありません。新型コロナウイルスはもともとはコウモリのウイルスでした。ウイルスは慣れない宿主に来るとけっこう大暴れをします。それが、だんだんと変異を起こしながら性質が変わっていく。

ウイルスにとっては、あまり人間に病気を起こさないようにして、人間の中でずっと子孫をつないでいくのが賢いやり方です。新型コロナもそうなると思います。 集団免疫という言葉がありますが、3~4割の人がウイルスに感染して集団的に抗体を持ち、ウイルスの感染拡大を封じ込められる状況になれば一番いいでしょう。

そのストーリーの通りに、毒性は下がってきているのでしょうか。

それは一概には言えません。新型コロナウイルスは変異が入りやすいRNAウイルスなので、変異によって弱毒化も強毒化もあり得ます。確かに第2波で重症者の割合は減りましたが、お年寄りが用心して感染が抑えられ、若い人の感染が多く確認されたためでもあるでしょう。ウイルスの性質が弱毒化したかどうかは分かりません。

「新型コロナのワクチンはいつできるのか」

ワクチンはいつできるのでしょう。

残念ながら、それについては言えません。答えがありません。 

──そうですか……。

安全性や有効性をきちんと調べる必要があり、安全性と有効性が確認できなければ開発はストップします。だから、いつできるとは言えないのです。 ただ、世界中でさまざまなワクチン開発が進められています。DNAワクチンやRNAワクチンといった核酸ワクチンは新しい技術で、日本や米国など何社かが先行して取り組んでいます。最も簡単に作れるため期待されますが、これまで核酸ワクチンの効果が実証されたことはなく、本当に有効かどうかはこれからです。 次に、組み換えウイルスワクチン(ウイルス・ベクター・ワクチンとも)があります。臨床試験が一時中断されたアストラゼネカのワクチンはこのタイプです。

どんな種類のワクチン開発を進めていますか?

──大阪大学微生物病研究所(微研)と一般財団法人・阪大微生物病研究会(BIKEN財団)は共同でワクチン開発を進めていますね。 

BIKEN財団にはワクチン開発のノウハウがあり、従来の方法で着実に開発しようと考えています。複数の方法を進めていて、ウイルスの殻だけで遺伝子がないVLP(ウイルス様粒子)ワクチン、ウイルスから毒性をなくした不活化ワクチン、薬剤で変異を起こしてウイルスを弱毒化した生ワクチン、に取り組んでいます。従来の方法だけではなく、組み換えウイルスなど新たな手法開発も検討しています。 このように、考えられることはすべてやっています。 

──ワクチンがいつできるかは言えないが、全力で取り組んでいるということですね。 

私たちは今まで蓄積したノウハウを使い、全力で着実に取り組んでいます。やれることは全部やり、ある時点で有望なワクチンに絞ることになります。

ワクチンができない可能性もあるのでしょうか。

十分あります。世界のワクチン開発の歴史では、ワクチンの候補を打ってかえって悪くなった例や、小児が亡くなったという例などがあります。ワクチンは元気な人に打つわけですし、怖いんですよ。知らない人は「早く」と言いますが、ワクチンを知っている人は慎重にならざるを得ません。

ワクチンができたとしても、免疫力が下がっているお年寄りには効果が薄いということもあり得るのでは?

あり得ます。新型コロナウイルスからまず守らなくてはいけないのは、お年寄りと医療従事者です。お年寄りを守れるワクチンができるかどうか、開発してみないと分かりません。 

──そういうことは、私たちは知っておいた方がいいですね。 

そうですね。バラ色のことばかり言われますが、ワクチン開発はそんなに簡単ではありません。人に接種して安全性と有効性を確認する臨床試験まで進んでも、うまく行くのは1割程度じゃないでしょうか。マウスやサルでものすごく効いたけど、人で試験をしたら全く効かなかった、という例がたくさんあります。 新型コロナウイルスの感染拡大が早期に収束し、ワクチンを使わなくて済むというのがベストなシナリオです。

新型コロナウイルスは夏にも流行しましたが、これから訪れる冬にさらに流行するのでしょうか。

──コロナウイルスなどが引き起こす風邪は主に冬に流行します。インフルエンザも冬。新型コロナウイルスはどうでしょうか? 

冬は閉鎖して密になりやすく、流行する可能性は高いと思います。警戒を強めた方がいいです。新型コロナウイルスは唾液に多く含まれるので、感染者の周りにはウイルスがベタベタいると思います。 私たちは研究のために新型コロナウイルスを扱っていますが、びっくりするくらい増えるんです。一般にウイルスは増やすのに苦労するものなのに、新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスやC型肝炎ウイルスの1000倍くらい増える。その点で、インフルエンザや風邪とは違います。 

──夏にウイルスが減るのは、高温多湿と紫外線に弱いからだとネットで見ました。 

そんなに単純な話ではないでしょう。夏だってアデノウイルス(咽頭結膜熱の原因ウイルス)に感染します。紫外線ががんがん当たったらウイルスは死ぬでしょうけど、屋内で紫外線は強くありません。

「微生物病研究所と新型コロナウイルス」

微生物病研究所は新型コロナにどのような対応をしたのですか?

今年2月ごろから、研究所を挙げて新型コロナ研究に取り組んでいます。約30ある研究室のほとんどが何らかの関与をしています。私は肝炎ウイルスが専門ですが、今は新型コロナの研究しかしていません。 

新型コロナが出現し、「これからもっといろいろな感染症が出てくる。新興の感染症に対応する組織を作ろう」と、微研とBIKEN財団、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の3機関が早い段階から一緒に研究を始めました。今は阪大の免疫学フロンティア研究センターや医学部、薬学部、工学部、産業科学研究所なども加わり、大学全体で取り組んでいます。

今後、新興新型感染症に備えるために、何をしなくてはいけないのでしょう。

もっと毒性が高く、人が多く死ぬ感染症が日本に入ってくる可能性もあります。そのために、エボラウイルスなど最も危険な病原体を研究できるBSL(バイオ・セーフティー・レベル)4の研究施設を作らないといけません。今は東京に1カ所あり、長崎大で国内2カ所目が建設されています。それだけでは足らず、北海道や関西にも作るべきです。また、PCR検査の機器も必要です。

また、もっと根本的な対策が大事ではないでしょうか。今は感染症が出ると、診断薬を作って薬を探し、ワクチンを作るという個別対応です。同じことを昔からやっていて、進歩がありません。だから、例えば呼吸器とか神経とか、どこに症状が出るかなどでざっくり枠を作り、試みる薬や予防法をあらかじめセットで用意しておく。「こういう感じの感染症だったら、このように対応する」と決めておけないでしょうか。今回のパンデミックを機に、考え直さないといけないと思います。

感染症全般にマスク着用や学校休校、ソーシャルディスタンシングなどの対策が効果はあったのでしょうか?

──国立感染症研究所によると、今年は新型コロナ以外の多くの感染症で過去より患者数が抑えられています。 

そうですね。リモートワークが増え、通勤が減ったのも大きいでしょう。東京や大阪の通勤ラッシュは感染症対策という観点でも良いわけがない。 

──働き方という視点だけでなく、感染症対策としても通勤や東京一極集中は考え直した方がいいのですね。

そういう意味で、今回の新型コロナは社会に変化をもたらしました。ただ、極度に感染症をなくした清潔社会になると、弊害も考えられます。人の体は腸管内や体表、口内などに100兆個もの微生物がいます。私たちはいろいろな微生物に守られているという認識を持った方がいいです。

──最後に。あらゆるメディアに新型コロナの情報があふれていますが、どう感じていますか。

ちょっとあおっている感じがしますね。特にワイドショー。お年寄りや主婦は朝からずっとワイドショーを見ています。うちの家内も影響されて「(新型コロナは)大丈夫なの?」と聞いてくるので、「大丈夫だよ」と答えています。 

──正しい情報の発信が必要ですね。 

研究者がもっと発信しないといけないのですが、本当に研究している人はなかなか余裕がない。難しいですが、微研は今後も正確な情報の発信に努めていきます。

=おわり

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