コラム 免疫細胞ががんの味方をする?!

山本雅裕教授に聞く「Th1型制御性T細胞の除去は安全にがん免疫を誘導する」

大阪大学の研究グループが2023年7月、「Th1型制御性T細胞の除去は安全にがん免疫を誘導する」と題する研究成果を発表しました。自己免疫を起こさない、安全ながんの免疫療法につながる可能性がある結果だそうです。どのような研究なのでしょう。論文の責任著者、山本雅裕教授に聞きました。
<発表の概要>
発表日:2023年7月14日
発表文のタイトル:Th1型制御性T細胞の除去は安全にがん免疫を誘導する―特定の免疫細胞サブセットをターゲットできる新技術―
論文タイトル:A genetic method specifically delineates Th1-type Treg cells and their roles in tumor immunity
掲載誌:米科学誌セル・リポーツ(2023年7月)

【研究成果のポイント】

・特定の免疫細胞だけを標識し、さらに除去できる新型マウスの開発に成功
・このマウスを活用し、制御性T細胞(Treg細胞)のサブセットの一つであるTh1型制御性T細胞(Th1-Treg細胞)を標識、さまざまな腫瘍に蓄積していることを発見
・Treg細胞の除去は強い自己免疫を引き起こすことが知られているが、Th1-Treg細胞のみを除去した場合は自己免疫を起こさずにがん免疫を誘導したことから、新規がん免疫療法への応用が期待できる

――研究成果の概要を教えてください。

 ある特定の免疫細胞について調べたところ、この免疫細胞を取り除くとがんの成長を遅らせることができ、免疫が自分の体を攻撃してしまう「自己免疫」も起きないことが分かりました。つまり、自己免疫という副作用のない「がん免疫療法」の実現が期待できる成果です。この免疫細胞は「Th1型制御性T細胞」という名称で、略してTh1-Treg(ティーエイチワン・ティーレグ)細胞と呼ばれています。
 実は、この研究の1番の目的は別のところにありました。私たちは、いろいろな細胞集団の機能を調べられるマウスの実験系の開発に成功したのですが、広く応用できる手法なので国内外の研究者に知ってもらいたいと考えました。一方、Th1-Treg細胞は、有名な細胞なのに機能がまだよく分かっていません。このため、このマウスの実験系を使ってTh1-Treg細胞について調べ、「使える実験系」であることを世の中にアピールすることにしました。

――そのマウスの実験系を作ったのはなぜですか?

「ある特定の免疫細胞が体の中で何をしているか。機能は何か」を調べるにはどうしたらいいと思いますか? 一番単純なのは、その免疫細胞を完全に除去し、何が起こるか観察することです。

 例えば、制御性T細胞(Treg細胞)という免疫細胞を体から除去すると、免疫系が自分の組織を攻撃してしまう自己免疫が起こります。活性化された免疫系にブレーキをかけられない状態です。Treg細胞がないとその状態になるということから、Treg細胞は「免疫のブレーキ役」という機能を持つことが分かります。

ただ、Treg細胞はTh1型(Th1-Treg細胞)やTh2型というようにいくつかの亜集団(サブセット)から成るらしいと分かってきました。すると、個々の亜集団の機能が知りたくなりますが、亜集団を個別に除去する方法はありませんでした。そこで、亜集団を除去する方法を開発したのです。

 Treg細胞に限らず、抗体を作り出す「B細胞」や、体内に侵入した細菌などを食べる「マクロファージ」なども、性質が違ういろいろな亜集団で成り立っていることが分かってきました。亜集団それぞれの機能を調べることが、免疫を理解するために重要です。

――免疫系も階層構造になっているのは、人間社会と同じですね。

 そうです。治安を守る警察組織も、役割ごとに「刑事部」や「警備部」「交通部」などに分かれていますよね。さらに、刑事部だったら、殺人事件などを捜査する「捜査1課」や、詐欺事件などを捜査する「捜査2課」という “亜集団”に分かれています。

 ある日突然、刑事部全体がなくなってしまったら日本の治安はどうなるでしょう。その影響を観察することができれば、刑事部の重要性や役割が分かります。しかし、捜査1課の役割は分かりません。捜査1課の役割を知るためには、捜査1課がなくなった場合の影響を調べる必要があります。私たちの実験系は、そのようなロジックです。

 実は、亜集団に分かれているのは免疫細胞だけではありません。いろいろな細胞に亜集団があります。皮膚の細胞も、頭皮と腕の皮膚は違いますよね。私たちが開発した実験系は、免疫細胞だけでなくあらゆる細胞の亜集団を解析する際に役に立ちます。

――どのようにして特定の細胞集団を除去するのですか?

 細胞集団を特徴付ける2種類の遺伝子が分かっていれば、その細胞集団を除去できます。除去だけでなく細胞が蛍光を発するようにもするので、その細胞集団を抽出したり、体の中の分布を調べたりもできます。

 どのような仕組みかというと、私たちが開発した実験系のマウスは、細胞を光らせるタンパク質と、ある毒素が効くようになるタンパク質のそれぞれの遺伝子を持っています。ただし、通常はこれらのタンパク質が作られないように遺伝子に細工をして、二つの“鍵”をかけています。

 このマウスにさらに細工をし、細胞集団を特徴付ける2種類の遺伝子がどちらも作動すると、その細胞では鍵がすべて外れるようにします。1種類だけでは一つの鍵が外れるだけなので、光らせるタンパク質や毒素が効くようになるタンパク質は作られません。2種類が作動して初めて、その細胞は光り、毒素が効くようになります。そうすると、細胞集団が見分けられるし、マウスに毒素を投与すれば細胞集団を除去できるわけです。

 Treg細胞の場合、「Foxp3」という遺伝子が作動しています。Th1型では、このFoxp3に加えて「Tbx21」という遺伝子も作動しています。Tbx21は別の細胞集団でも作動しているため、Th1-Treg細胞について調べるには「Foxp3とTbx21の両方が作動している」という条件を満たす細胞だけ、光らせたり除去したりしなければなりません。それを可能にしたのが、今回の実験系です。

――Th1-Treg細胞について調べた結果、何が分かったのですか?

 まず、Th1-Treg細胞だけをより分けられるようになったため、細胞の性質を調べました。すると、抗酸化タンパク質がたくさん出ていて、酸化ストレスに強いことが分かりました。後で分かったのですが、がん組織の内部でTh1-Treg細胞が生きていられるのはこの性質があるからです。

 さらに、Th1-Treg細胞が体のどこに存在するか調べたところ、脾臓(ひぞう)や肝臓などにあるヘルパーT細胞のうちの1~2%がTh1-Treg細胞でした。このように、これまで分からなかった特徴が分かってきました。Treg細胞だけを見ていても分からなかったことです。

 また、Treg細胞はがんに多いことが分かっていたので、がんをマウスに植えて調べてみると、Th1-Treg細胞はヘルパーT細胞の約40%を占めていました。非常に多い割合です。

 すると、がんの中でTh1-Treg細胞が何をしているのか知りたくなりますよね。マウスに毒素を投与すると、Th1-Treg細胞だけに効いて除去されます。すると、がんの成長スピードが、すごく遅くなりました。

 Th1-Treg細胞はがんの成長を促進させていることになります。がんを攻撃する免疫細胞にブレーキをかけていると考えられます。

――がんを取り締まる警察官が、がん側に寝返ったようなものですか?

 そうです。がん側に取り込まれた悪徳警官ですね。うまく共存関係が成り立ち、お目こぼししてやっているんです。がん細胞は免疫をものすごくうまく利用しています。

 この構図は寄生虫などの病原体にも当てはまり、Th1-Treg細胞は病原体が免疫から逃れるために利用されることがあります。

――自己免疫を起こさないことが分かったのも、大きな成果ですね。

 そうです。がんの成長スピードを遅くする効果よりも、自己免疫を起こさないことの方が意表を突かれる結果でした。

 というのは、がんの中にはTreg細胞がたくさんいて、Treg細胞を全部除いたらがんが大きくならないということは分かっていたので、Th1-Treg細胞を除いて同様の効果が得られることは想像できました。

 一方、自己免疫については、動物実験でTreg細胞をすべて除去すると急性の肝炎になったり、あらゆる臓器に免疫細胞が侵入したり、体がひどい状態になってしまいます。Th1-Treg細胞の除去ではそうならなかったので、「お、そうなのか」となりました。

 今、医療現場では、Treg細胞を標的にした、がんの免疫療法が実施されています。しかし、がんを攻撃すると同時に自分の体も見境なく攻撃してしまい、強い自己免疫を起こしてしまうことが大きな問題になっています。症状が表に現れない人もいますが、体の中では大なり小なり何かが起こり、自己免疫的な状態になっているはずです。

 私の父も実験科学者(病理学者)だったのですが、がんを発症して免疫療法を受けました。ところが、ひどい自己免疫状態になった上に、がんも大きくなり、2017年に亡くなってしまいました。免疫療法をしたことが直接の死因だとは思いませんが、彼の死期を早めたかもしれないとは思っています。彼の病床、二人で「このがんには免疫療法が効かない。何でだろうね?」とあれこれ議論しましたが、この経験がきっかけとなって、がんに対する免疫をもっと知りたい、また自己免疫の起きない安全ながん免疫療法をこの手で探したいと思いました。

――専門は寄生虫免疫学ですよね。

はい。「それなのに何でがんなの?」と疑問に思いますよね。でも、私の中では、全く別のものを研究しているという感じはしていません。

 確かに、寄生虫の原虫に対する免疫とがん免疫を共通のものだと捉えている人はあまりいないかもしれませんが、非常によく似ています。がん免疫で分かったことは抗原虫免疫でも相当参考になりますし、逆も成り立ちます。

 がん細胞は、体の中に生じた自分由来の原虫みたいなものです。がん細胞は増殖して体の中を転移しますが、その様子は原虫が感染して増えている様子と変わりません。免疫系は病原体を排除するために進化し、がん細胞も病原体と同じように捉えて排除しているのでしょう。免疫系にとっては、がん細胞も病原体に感染した自分の細胞も区別はありません。

――今回の研究成果をがん治療に応用するには、何が必要になりますか?

マウスの動物実験でTh1-Treg細胞を除去した方法はもちろん人では使えませんから、Th1-Treg細胞を標的にするような物質を探す必要があります。この実験系でTh1-Treg細胞を集めることができるようになったので、Th1-Treg細胞の表面にしか出ていないタンパク質を探すこともできます。そういうものを標的にできるんだろうと思います。

 また、がん組織にTh1-Treg細胞が蓄積する仕組みが分かれば、治療法を開発するヒントになるかもしれません。

――今後の研究の方針をお聞かせください。

 専門の寄生虫免疫学に加えて、やはりがん免疫学もテーマに研究を進めます。がん組織の中には、他にもいろいろと訳の分からない免疫細胞がいるようなんです。それを調べたいと考えています。がん組織の中にしかいないような免疫細胞ってどのようなものなのか探しながら、Th1-Treg細胞との関係を調べています。

 また、Treg細胞だけでなくマクロファージなど他の免疫細胞も亜集団に分かれています。それについても調べたいですし、がんが体内を広がっていく時と原虫が宿主細胞に感染して体内に広がっていく時の共通点も調べてみたいですね。

――今回の研究で、研究のおもしろさややりがいはどのような時に感じましたか?

 まず、実験系がうまく行った時です。成功するまでにたくさんの失敗を重ねていて、長い歴史があります。それだけに感慨深かったですね。

 次に、がんがやっぱり大きくならないんだと実際に確認できた時。そして、自己免疫にならないんだと発見した時です。それぞれに喜びがありました。

 また、論文として世に出したときに反響があり、価値を理解してくれる人が「これいいね」と言ってくれました。「見ている人は見ているんだ」とうれしく思いました。

――若い人たちに対して、メッセージをお願いします。

 今、少子化とか、大学や公的機関の研究者の人生の不安定さがクローズアップされるニュースの影響もあって、研究職を志す人が減っています。確かに大変な仕事かもしれませんが、一生懸命やっていればそのうち何とかなりますし、人類の誰も知らないことを発見した時の喜びは何ものにも代えがたいと感じています。何か面白そうなことをやっているなと感じたら、気軽に話を聞きに来てほしいと思っています。

インタビュー:2023.11月
聞き手:サイエンスライター・根本毅
イラスト:微生物病研究所・長門香織

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