コウモリを「すみか」とするウイルスの巧妙な戦略
2019年から大流行している新型コロナウイルスは、もともとコウモリかセンザンコウが持っていたと考えられています。特にコウモリは、コロナウイルス以外にもエボラウイルスやマールブルグウイルスなど、ヒトの病気の原因となるウイルスをたくさんもっています。しかしコウモリは病気になりません。これは、コウモリがウイルスに対する特別な免疫システムなど強い耐性を持っているためと考えられています。
「コウモリがウイルスを持っている」ということは、ウイルス側から見ると「ウイルスがコウモリを「すみか」としている」ともいえます。ウイルスもコウモリの体内を安住の地とすべく、何らかの戦略を講じているかもしれない、そんな着眼点で研究をすすめたのが微生物病研究所の小林教授らの研究グループです。
細菌は細胞分裂により自分で増えますが、ウイルスは他の生物の細胞に入り込んでその細胞の中で増えます。その細胞を持つ生物が死んでしまうと細胞も死んでしまうので、ウイルスもともに消滅してしまいます。つまり、ウイルスが地球上で生き残っていくためには、すみかとする生物を殺してしまうほど増えずに、頃合いのよい増え具合でいることが最良の戦略です。
小林教授らの研究グループは、コウモリをすみかとするネルソンベイレオウイルスに着目し、長年研究を進める中で、このウイルスが「頃合いの良い増え具合」を保ちコウモリをすみかとするメカニズムを明らかにしました。ネルソンベイレオウイルスはコウモリには病気を起こしませんが、ヒトには咳や発熱などの症状を引き起こします。
小林教授らの研究グループは、ネルソンベイレオウイルスがもつ「p17」という遺伝子が、コウモリの細胞中でウイルスが増えるのを促進したり逆に抑制したりするなどちょうど良い程度になるように調節して、「頃合いのよい」増え具合を保つうえで重要な役割を担っていることを明らかにしました(図)。
図: ネルソンベイレオウイルス(NBV)のp17はコウモリ細胞の中で自らの増殖を担うFASTタンパク質を制御し増え具合を調節している。
詳しくはこちら http://www.biken.osaka-u.ac.jp/achievement/research/2022/176
つまり、p17はウイルスがコウモリをすみかとして共生するために持っている遺伝子であると考えられます。
おそらく、コウモリをすみかとする他のウイルスも、このようなコウモリと共生するための遺伝子など何らかの戦略をもっている可能性が考えられます。
ウイルスは細胞に入り込み、その細胞のシステムを利用して自らを増やします。つまりウイルスがどのように増えるのか解明できればそれはわたしたちの細胞のシステムの理解につながります。
ウイルスがコウモリに病気を起こさないメカニズムを明らかにすることで、逆になぜヒトに病気を起こすのか、ということがわかるかもしれません。
ウイルスを知ることでわたしたち自身を理解することができるのです。
執筆:2022年8月
文責:大阪大学微生物病研究所