コラム パンデミックをきっかけに専門分野で新たなる発見

原教授に聞く「新型コロナウイルスの感染は細胞老化を引き起こすことで炎症反応が持続することを発見」

 「新型コロナウイルスの感染は細胞老化を引き起こすことで炎症反応が持続することを発見」したと、大阪大学微生物病研究所の研究グループが今年1月に発表しました。英科学誌「ネイチャー・エイジング」に論文が掲載されました。では、この発見はどのような意味を持つのでしょうか。細胞老化とは何でしょうか。グループを率いる原英二教授にお聞きしました。

<研究の概要>

新型コロナウイルスの感染は細胞老化を引き起こすことで炎症反応が持続することを発見

・細胞が新型コロナウイルスに感染すると、感染していない周囲の細胞を老化させる

・感染した細胞は1週間程度でなくなるが、老化した細胞は残る

・老化細胞は炎症を起こす物質を出し続ける

・老化細胞が炎症を起こし続けることが、新型コロナウイルス感染症の後遺症の原因の一つとなっている可能性がある

――研究内容をお聞きする前に、まず細胞老化について教えていただけますか。

 細胞がさまざまなストレスを受け、不可逆的に増殖をやめてしまう現象のことです。不可逆的なので、増殖は再開しません。細胞は、放っておくと異常増殖してがんになる危険がある障害が起こった時に、細胞老化というシステムが働いて止まってしまうようにできているんです。がん抑制機構として重要な働きをしています。

 細胞老化を起こした細胞は時間がたつと、免疫系を活性化する「炎症性サイトカイン」という物質を出すことが最近、分かってきました。細胞がウイルスに感染したり、傷ついたりすると、免疫細胞が働きやすいように血管の拡張などが起こります。これが炎症です。炎症は体を守るための仕組みです。

 ただ、炎症性サイトカインがずっと出されて慢性炎症という状態になってしまうと、病気の元になってしまいます。がんや神経変性疾患、骨粗しょう症、心筋梗塞、腎炎など、年を取って起こる病気の原因になっているわけですね。「何とかしなければ」ということで今、細胞老化は非常に注目されています。

 私たちは、老化した細胞が出す炎症性サイトカインによって引き起こされる慢性炎症と、年を取って起こる加齢性疾患との関係を研究しています。

 例えば、大腸がん患者の腸内で増えている腸内細菌が、実は細胞老化を起こすことが分かってきました。細胞が老化すると炎症性サイトカインを出し、炎症をひどくしてしまいます。

――今回の研究に取り組んだきっかけは何でしょうか。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生したので、自分たちに関連があるところから調べることにしました。まず、高齢者は重症化しやすいというので、細胞が老化するとコロナウイルスに感染しやすくなるだろうと思って培養細胞で実験しました。しかし、全くそういうことはなかったんです。ぜんぜん感染しませんでした。

 新型コロナウイルスの研究をやめようかとも思ったのですが、新型コロナウイルスを感染させた肺の細胞で実験している時に、細胞老化を引き起こす遺伝子についても調べてみました。すると、感染細胞が消えた後に、この遺伝子が働いている細胞が現れることに気付きました。私たちの専門の細胞老化と、新型コロナがつながったんですね。

さまざまな実験を重ねた結果、

①体の中で新型コロナウイルスが感染すると、約1週間で感染細胞は死ぬ

②感染細胞が出していた物質によって、感染していない周囲の細胞が細胞老化を起こす

③細胞老化を起こした細胞が炎症性物質を出す

ということが分かりました。炎症性物質が出続けると、炎症が持続して慢性炎症を引き起こす可能性があります。慢性炎症はさまざまな病気の元になるので、この一連の現象が新型コロナウイルス感染症の後遺症の一因になっているのではないか、と考えました。

――論文が掲載された「ネイチャー・エイジング」は、英科学誌ネイチャーの姉妹誌です。やはり、権威がある科学誌なのでしょうか。

 創刊されて2年目くらいの雑誌ですが、ネイチャーの姉妹誌はどれも、その分野では権威があると思います。

――そのネイチャー・エイジングが今回の論文を評価したポイントは、どこだと考えていますか?

 新型コロナウイルスに感染した細胞が細胞老化を起こすのではなく、感染していない細胞が細胞老化を起こすということだと思います。感染した細胞は放っておいても死んでしまいます。しかし、感染していない細胞が細胞老化を起こすと、この細胞は死ににくいのでずっと炎症性物質を出し続ける可能性があり、慢性炎症につながるんじゃないかな、ということですね。

 私たちの実験で、新型コロナウイルスに感染した細胞は1週間程度で死ぬと分かりました。実験していた当時は、感染細胞がそんなに早く死ぬということもはっきりされていませんでした。新型コロナウイルスの感染細胞が細胞老化する、という論文はちょこちょこあったんですよ。「先にやられてしまったな」と思ったのですが、よくよく調べると新型コロナウイルスに感染した細胞はすぐに死んじゃうじゃないですか。だから、それが生き残って悪さをすることはないですよね。おかしいなと思っていたら、感染していない細胞が細胞老化を起こすということを見つけて、非常にふに落ちた感じがしました。

――細胞老化が後遺症の一因だとしたら、細胞老化を抑えられたら後遺症の予防になり、老化細胞を除去できたら後遺症の治療になるのではないですか。

 そこは、いろいろな可能性を考えて慎重になった方がいいです。というのは、細胞老化が起こることで良い面もあるのかもしれません。

 細胞老化は、さまざまなストレスを細胞が受けたときに、このまま放っておくと細胞が異常増殖してがんになるから、ということで発動される現象です。老化細胞が出す炎症性サイトカインも、いいことをしていると思うんですよ。このため、考え得る可能性をしらみつぶしに調べていくことが絶対に必要だと思います。そうしないと、とんでもないことになる可能性があります。

 もしかしたら、老化細胞が出す炎症性サイトカインで、別のウイルス感染などから体を守っているのかもしれません。また、人は遺伝子も、食べているものも、年齢も、健康状態もそれぞれ違います。老化細胞を除去した方がいい人と、除去しない方がいい人、というのがあるかもしれません。

――老化細胞を死滅させる物質があるようですが、治療薬として開発が進められていないのですか?

 老化細胞を死滅させる物質は「セノリティック薬」と呼ばれ、アメリカでさまざまな臨床実験が開始されているところですが、失敗しているのがほとんどだと思います。

――どのような実験によって、結論に至ったのかを教えていただけますか。

 先ほども言ったように、新型コロナウイルスを感染させた肺の細胞を使って実験している時に、細胞老化を引き起こす遺伝子についても調べると、感染細胞が消えた後にこの遺伝子が働いている細胞が現れることに気付きました。どういうことかというと、細胞が新型コロナウイルスに感染すると、細胞内のウイルスのタンパク質の量は6日後くらいにピークを迎えます。そして、ウイルスのタンパク質が消えた9日目に、細胞老化を誘導する遺伝子が働き始めます。感染している時には細胞老化は起こっていませんが、感染細胞がいなくなってから、細胞老化を起こした細胞が出てきました。

 二つの可能性が考えられます。一つは、感染細胞からコロナウイルスが消失した後で細胞老化を起こしている。もう一つの可能性は、感染した細胞は死ぬけれど、感染していない周囲の細胞が何らかのメカニズムで細胞老化を起こしてしまう。

――次は、どちらの可能性が正しいかを確かめるわけですね。

 新型コロナウイルスに感染しない細胞と感染する細胞と混ぜ、ウイルスを感染させてみました。新型コロナウイルスは人の細胞の表面にあるACE2というタンパク質に結合して感染するため、ACE2が十分にないと感染できません。ですから、この実験ができるんです。ACE2がほとんどない細胞に目印を付けて区別できるようにし、ACE2を多く持たせた細胞と混ぜて感染させました。

 すると、感染しない方の細胞に細胞老化が出てきたんですね。調べてみると、感染した細胞は1週間以内に自ら死んでしまうことが分かりました。「恐らく、死ぬ直前に何かを出して、周りの細胞に細胞老化を起こしているんだろう」と考えて、何を出しているか調べることにしました。よく知られていることですが、正常な細胞にウイルスが感染すると、その細胞はさまざまな炎症性サイトカインを出すんですよ。それで免疫系を活性し、感染した細胞を殺すという自己防衛システムが働きます。

 試しに新型コロナウイルスが感染した細胞の培養液だけを、正常な細胞に振りかけてみました。9日たつと増殖が止まり、細胞老化が起こりました。

――何が細胞老化を引き起こしていたのですか?

 TNFαという炎症性サイトカインが出ていて、細胞老化を引き起こすと分かりました。TNFαは、細胞老化を起こしたり、炎症性サイトカインを誘導したり、という働きに関わる分子だと知られています。TNFαの働きを妨げる薬剤を加えると細胞老化は起こさなかったので、TNFαだと確認できました。

 ここまでの話をまとめると、肺の気管支などに新型コロナウイルスが感染すると、感染した細胞は炎症性サイトカインなどをたくさん出して、免疫系を活性化します。その細胞は1週間もすると死んでしまいますが、感染した細胞が死ぬ前に出しているTNFαなどによって、周囲にいた感染していない細胞が細胞老化を起こします。今度は、細胞老化を起こした細胞が、別の種類の炎症性サイトカインを出します。これが慢性疾患を引き起こすんですね。

――新型コロナウイルス感染症の後遺症とはどうつながりますか?

 新型コロナウイルス感染症の後遺症として、脱力感や発熱などさまざまな症状が現れることがあります。これらの後遺症とされる症状は、慢性炎症が関係していることが知られているものが多いことが分かりました。

 後遺症と細胞老化の関係を調べるため、アメリカの研究グループが公表しているデータを利用しました。新型コロナウイルス感染症患者の肺の細胞で、どのような遺伝子がどれくらい働いているか調べたデータです。

 私たちは、細胞老化が起こるときに働く遺伝子を手がかりに、細胞老化を起こしている細胞がどれくらいあるのか、を解析しました。すると、新型コロナウイルス感染症の患者の肺では、細胞老化を起こした細胞がたくさんあることが分かりました。細胞老化に伴う炎症性サイトカインを出している細胞もたくさんありました。

 私たちが培養細胞を用いて描いたモデルは、やはり正しいのではないか、となりました。ハムスターを使った動物実験でも、新型コロナウイルスを感染させると45日たっても老化細胞がありました。炎症性サイトカインもたくさん出ています。

 こうした実験の結果から、新型コロナウイルスが体からなくなっても老化細胞が残って炎症性サイトカインを出すことが、炎症が続く原因の一つになっていると言えます。

インタビュー:2022.3月
聞き手:サイエンスライター・根本毅
イラスト:微生物病研究所・長門香織

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